2015年04月11日

四日市ぜんそくと伊勢湾のアサリ

テレビで四日市ぜんそくの資料館が出来たと放送していました。

コンビナート2.jpg

四日市ぜんそくは、皆さんご存知のとおり、三重県四日市市のコンビナートの周辺で、重度の喘息患者が急増し、多数の死者が出た事件です。
コンビナートの6社が訴えられ、有罪判決が出てから、ようやく公害対策が進み、現在ではかなり改善されたと言われています。
私も四日市へ行ったことはありますが、私の印象は「臭い」というものでした。四日市に住んでいる知り合いは「昔よりずいぶん良くなったよ」とい言っていましたが・・・

さて・・・
四日市ぜんそく訴訟で訴えられた企業の一つに、石原産業(株)【4028】という会社があります。最近の業績は好調で、株価も上昇傾向にあるようですね。

この石原産業ですが、私には四日市ぜんそくよりも、「フェロシルト事件」のほうが印象に残っています。
伊勢湾へ流れこむ河川の上流地域の岐阜県、三重県、愛知県の埋立地に、二酸化チタンを生成したあとの産業廃棄物を「無害な埋め戻し材」と偽って販売し、土砂災害や金属汚染が広がった事件です。元副工場長ら4人が逮捕され、損害賠償訴訟でも485億8,400万円の支払いを命ぜられ、フェロシルトを撤去するよう命ぜられていますが、ほとんど撤去していないようです。
この頃のニュース映像が印象に残っています。
岐阜県の造成地で、雨が降ったあと、土砂崩れが起きて、その後赤い泥水がだくだくと流れ出ていました。
あの赤い泥水はどこへ行ったのでしょう。当然、海、伊勢湾ですよね。

他にも石原産業は、伊勢湾の四日市港に強酸性溶液を垂れ流していた「石原産業事件」も起こしています。この事件は四日市ぜんそくが問題になっていた頃ですから、石原産業の遵法精神の無さがよく分かります。

また、ウィキペディアの石原産業の不祥事の欄のとおり、
毒ガス「ホスゲン」を無届で作っていた
地下水から環境基準500倍のヒ素が検出された。
廃棄物の放射線量のデータ改ざんし三重県に虚偽報告
アンモニアガスを40年以上にわたり伊勢湾に放出
等とあります。
こうして石原産業は少しずつ伊勢湾を蝕んでいったのです。

このように伊勢湾を汚しまくった石原産業(株)【4028】ですが、本社は大阪にあります。私は「フェロシルト事件」が起きた時、初めてこの会社の存在と大阪に本社があることを知って、「なぜ大阪湾にコンビナートを作らなかったのか。なぜ伊勢湾上流の地域にフェロシルトを売ったのか。伊勢湾なら公害が起きても良いと思ったのか!」と憤ったものです。
やっぱり自分の目の前の海を汚したくなかったのでしょうか。海はつながっているのにね。

以前、今年(2015)の潮干狩りはアサリが少ないらしいという記事を書きましたが、伊勢湾でアサリが減っている理由の一つが水質の悪化です。
水質悪化でアサリの餌となるプランクトンが減少してしまっては、アサリは増えません。アサリを食べるツメタガイなら、プランクトンが減少しても直接の影響は少ないでしょう。
フェロシルトのように少しずつ融けだして影響をあたえるものは今後どうなるのかわかりません。伊勢湾で潮干狩りができなくなったら困ってしまいます。

さて、石原産業(株)【4028】の業績は好調のようですが、損害賠償はしっかり支払っているのでしょうか。フェロシルトの撤去をお金をかけてやってくれるでしょうか。それとも公害が足を引っ張って、業績が悪化するのでしょうか。



posted by はなさん at 09:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 潮干狩り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年04月09日

「昭和の3大バカ査定、戦艦大和・伊勢湾干拓・青函トンネル」と潮干狩り

新聞に青函トンネルについての記事がありました。
そこにタイトルの「昭和の3大バカ査定、戦艦大和・伊勢湾干拓・青函トンネル」のことが載っていました。
ウィキペディアによれば、昭和三大馬鹿査定 は、
1987年12月23日、大蔵省主計局の担当主計官が、整備新幹線着工に予算をつけることへの反対意見を表明する発言の中で比喩的にこの表現を用い、物議をかもした
もので、それは、
青函トンネルは、官民一体で要望しながら、できあがってみれば無用のものだという声が出ている。
伊勢湾干拓は、台風の後に大堤防を造ってはみたが、干拓がその外で行われ、無用の長物となった。
航空機時代の到来を見極められずに、大艦巨砲主義を固守し、大和・武蔵を建造したように、いまから新幹線を造っても時代遅れ。
整備新幹線計画実施を大蔵省として認めれば他を押しのけて「三大バカ査定」の一つに数えられるだろう
等と言ったということです。

さて、この発言の是非はともかく、私が注目したのは、伊勢湾干拓についてです。

干潟.jpg

以前今年(2015)の潮干狩りはアサリが少ないらしいという記事を書きましたが、私が考える伊勢湾のアサリ減少の遠因の一つが干潟の減少でした。

伊勢湾の干拓は江戸時代から始まっています。時代が下ると規模も大きくなり、伊勢湾の干潟はどんどん減少していきました。
干拓地域は海抜0mで、伊勢湾台風の時は海に沈み、塩害があり農地にはあまり適さなかったようです。また居住地域は海から離れた地域であったことから、ゴミ焼却施設や廃棄物処理場等の迷惑施設が作られる傾向にあったようです。
今は伊勢湾岸道が走り、物流施設が作られる傾向にもあります。

お金をつぎ込んだのなら有効に活用しなくてはいけませんし、もし上手く使えないなら本来の用途以外に利用することも考えなくてはいけません。だから、農地以外の利用はやむをえないでしょう。
かといって、干潟を元に戻すのは、かなり困難だと思います。そうであれば、残された干潟でアサリやハマグリ等を養殖したり、干拓地の海岸際に研究所を建てて、アサリ養殖の研究や、稚貝、幼生の放流を行ってはどうでしょうか。

同じ愛知県の三河湾は、全国的にアサリの漁獲量が減る中、アサリが多く取れる地域です。その理由の一つが豊川河口に「奇跡の干潟」と呼ばれる「六条潟」があるからだと言われています。春、ここで産卵されたアサリが孵化して幼生となり、三河湾全体に広がり、各地で大きくなっていると考えられています。

伊勢湾の奥地で人工的に「奇跡の干潟」を再現することができれば、減少傾向にある伊勢湾のアサリやハマグリを復活させることができるのではないでしょうか。

伊勢湾のあちこちの海岸で楽しい潮干狩りができるようになったら良いですね。



posted by はなさん at 21:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 潮干狩り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年03月21日

今年(2015)の潮干狩りはアサリが少ないらしい

中日新聞によれば、愛知県の知多半島の伊勢湾側の海辺のアサリは全壊状態だそうです。


記事によればツメタガイの異常発生のように書いてありますが、伊勢湾に流れ込んでくる木曽三川の水質変化とか、干潟の減少が遠因ではないでしょうか。

アサリはその名のとおり、海岸の浅い場所に生育するので、生育環境は広い干潟が最適です。また、海水と真水がまじる汽水域で生息しますから、大きな川の河口で干潟が形成される場所が良いのです。

木曽三川は、木曽川、長良川、揖斐川の3つの川の総称です。江戸時代の頃は熱田神宮の先は海で、その先は広大な干潟が広がっていたと考えられています。東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんは熱田神宮の先にある七里の渡しから桑名へ船で渡りました。桑名といえば「その手は桑名の焼き蛤」で有名ですよね。木曽三川周辺は、ハマグリだけでなく、シジミやアサリが採れる良い漁場だったようです。

木曽三川は大きな河川なので、上流や中流域には大きなダムがあります。長良川には河口に河口堰があります。
河口堰は以前から生態系に影響を与えると心配されていました。

木曽三川河口の干潟は、藤前干潟は残されましたが、伊勢湾は日本屈指の貿易港でありますから、あちこち埋め立てられ、航路は浚渫され、干潟は少なくなってしまいました。

貿易港でありますから、当然外国からたくさんの貨物船などがやってきます。貨物船は、その船体にいろいろな生物をくっつけていたり、バラスト水の出し入れで、その生態系の中にいなかった生物を運んでくることがあります。

ダムや河口堰のため川から流れてくる砂や泥、ミネラルや栄養が減り、埋め立てと浚渫で干潟が減り、生活排水や工業用水による水質汚濁や富栄養化、生態系を変化させる生物が流入・・・これがアサリが減少している遠因だと思います。

潮干狩りをやっている砂浜は木曽三川の河口から離れていますが、アサリの生活史を考えれば、浮遊幼生が伊勢湾を巡って各地の砂浜で繁殖していると考えられるので、巨大な繁殖地である木曽三川の干潟が減少したことが、伊勢湾全体のアサリの減少につながり、追い打ちをかけるように、外来生物が侵入して、アサリが更に減少したんじゃないかと思うわけです。

まあ、素人の仮説ですけどね。
生態系はもっと複雑で、しっかり研究しなければ分からないと思います。

ツメタガイの異常発生だけなら、ツメタガイをどんどん採って食べてしまえばいいんじゃないでしょうか。ツメタガイは食べると結構イケるそうですから。


posted by はなさん at 08:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 潮干狩り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする